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結果無職

がんば

募金をしなかった

 タイトルの通りである。

 昨日、友人と田中一光展に行った。なんのことはない。単位が足らぬので、下級生の授業をとり、単位を得るためだ。大阪は肥後橋にある美術館で展覧会を見た。田中一光とはデザイナーだ。かなり少ない作品数だったが、なかなか充実して楽しかった。一緒に行った友人らも遠慮なく意見を言う性質だったので、それがたのしかった。「おれはこの作品はすきだが、あの作品は見てられぬ」という話をすると判ってくれたが、俺が見ていられる好きな作品は、友人にとって「見てられぬ」と切り捨てられる。なかなか楽しかった。

 三人でその展覧会に行った。俺以外みんな寝坊をした。俺が異常に早く梅田に着くような奴になってしまった。恥ずかしかった。 

 ひとりは和歌山の方面から来ている。三時すぐに着くということだった。もうひとりは数十分遅れた。彼とは昼飯を一緒に食うことが出来た。

 彼はダンサーだった。プロではない。しかししっかりと下積みをしていて、プロに近づいていくものだと思っている。その彼がコンビニに入ると言った。

 わたしはなにも用事がない。なんとなく彼のそばに着き、会計を見ていた。釣りをもらうと、彼はレジ横にある熊本の大震災への募金箱に小銭をいれた。

 わたしは冷やかすように彼に言った。

「お、やるやん」 

 微笑の混じった声だったかもしれない。それに対して彼は、何でもない風に答える。

「え、当たり前やん。知り合いのダンサーとかチャリティレッスンやってんで」

「え、マジで、チャリティレッスン?」

 その語に反応することで、わたしは恥ずかしさを打ち消そうとした。耳が熱くなっていた。

「ウン。一回のレッスンをワンコインにして、それを全額熊本に寄付すんねん」 

 これは何でもないことのように言う。コンビニを出る背中を追った。わたしは「ふうん」と何でもないようなことに返事をするように相槌を打つ。

 わたしはわたしが恥ずかしかった。

 熊本の大震災を見て「大変だ」と思っているわりには、何もしていない。

 もちろん、祈ることなんかしていない。部外者による祈りとは、参加したかった場に感傷的に参加したつもりになる術だろう。祈りすらわたしは挙げなかった。

「そういうのやってんだ」

「ウン。だから募金くらいな」

 ダンサーだからではないだろう、そういったマンパワーのある行為というものは。わたしは恥じながら彼と話していた。

 ビールを買うために、今日、コンビニに出向いた。釣りが出た。レジ横に募金箱があった。

「ありゃあした~」

 店員がつぶやく。わたしは横にある募金箱に金をいれようか迷った。しかし、今月の財政が厳しいことを思い出し、やめた。100円ですら予断を許さぬ貧困だ。わたしは粛々とコンビニを出た。

 アパートに帰る道すがら、わたしの頭の中には募金箱のシルエットが浮かんでいた。金がない。それだけなのだ。