結果無職

がんば

ラザニア賛歌

 男の口調に熱が帯び始めた。額には汗、息は荒く、特徴的な眉が吊り上がって、その下の真ん丸な眼は赤く充血し始めている。手のジェスチャーも心なしか大降りになりはじめていた。

「いいかい、どう思うね!? 何がって、他ならない、ラザニアのことさ! あの、そうさ、知っているだろう!?」

 支離滅裂な語句は、会話だからこそ理解できるものであり、実際文字に起こすと乱雑なことこの上ないその言葉は、唾と一緒に投げかけられる。

「ラザニア……、あの平ったいパスタのことじゃないぜ、料理だよ! ミートソースとホワイトソースとチーズとさ! こんがりとこんがりと……そう、こんがりと焼かれてるんだ! 食べたことがあるかい、あるだろうさ! なぁ?」

 もちろん、食べたことはある。学生時代、下宿の傍にあった洋食屋のラザニアは、その店では量に対して割安であったので、贅沢感を味わいたいときや、バイト代が入った後は出向いていた覚えがある。また、社会人になっても、少し調子づいて入ったバーのオススメのメニューにラザニアがあったりして、女の子と一緒にいたので、格好つけて「こういうところのピザとかは美味しいんだ」なんて抜かしたりもした。それなりに……少なくともラーメンなどよりは、思い入れのある料理である。

「美味しいだろう、美味しかったろう? いや、言わずとも判る! 熱い容器に入っていたか? 切りそろえて皿に載っていたか? いや、言わないでもいい! 結局は同じことなんだ。しかし、これだけは聞くよ。アツアツだったか?」

 彼の首筋に汗が伝った。拳が目の前で強く握られるのを見た。……ぶるぶると小刻みに震えている。

「ああ、アツアツだった」

「苦労するくらいか?」

「そうだった」

「いい、それはいいぞ! いいラザニアだ、とてもいい、な!」

 はっはっは、と彼の口から放たれる笑い声は大きく、また乾ききっていた。彼はひとしきり笑うと、ウイスキーを一気に飲み干してのどを潤す。カウンターにグラスを置いてから、バーテンダーに差し出した。もう一杯注げ、ということだろう。彼は目に見えて酔っていた。私は止めようとも思ったが、しかし少しだけ恐ろしさを感じ、口を開くことが出来なかった。

スプーンを……フォークでもいい、とにかく、こんがりと焼き目のついた、まだ湯気の溢れるチーズに……突き立てる! さくりと小さな抵抗の音のあと……するすると底まで……そして掬う。ある程度な。口に持っていくぞ……一口で食え! 噛みしめるんだ、しっかりな。ミートソースの美味しくするコツを知ってるかい? セロリを入れるんだ。セロリがたくさん入ってるのは、好きだなあ。ホワイトソースはあっさりしてた方が食べやすい。でもミルクの風味は欲しいぜ。なあ、どう思う? こってりとしたホワイトソースのことだよ。あんまりこってりしすぎると、後半キツくないか? いや、でもあるいは、若いからな君は」

「そう見えますか」

「ああ、きっとこってりしたホワイトソースも君になら食える。でも、そんな店は少ないんだ。みんな、たくさんの人にラザニアを食べてもらいたいんだからね。僕みたいなお年寄りには少し堪える。……ラザニアは、少し固い方がいい。ふにゃふにゃじゃあつまんない。それにミートソースもきちんと挽肉沢山って方がいいよな。ほかならぬミートソースなんだからさ」

「はぁ」

「そうだ、君、どうおもうね」

「何がでしょう?」

「いわゆるレギュラーのラザニア以外のそれをさ。バジルソースを入れてたりするものを知らないか?」

「いえ、見たことないです」

「アレはねえ、若いうちは面白いんだ。けど、やっぱりレギュラーなものがいいさ。君も一口食べてみればいい。いつかね」

「はあ……」

「さあ、君には一杯御馳走しよう。何でもいいさ。そのかわり、もうちょっと話に付き合ってくれよ。君には沢山話したいことがあるんだ、ラザニアが好きだという君にね。沢山だよ!」

 特にこれといって好き嫌いの無い私が、うっかりこんなことを言ってしまったばかりの、この事態だ。しかしまあ、こんなのも言いだろう……と、彼の、必死の形相で説かれる「ラザニアの良さ」を聞きながら思う。こんなにも必死になれる彼に、少しだけ、羨ましいという念を持ち始めていた。